優勢になっても安全策を採るな 〜米長邦雄さんのご本から 5

 これまで私が名人戦で中原名人に分が悪かったのは、ここで間違えてしまうからだ。こちらが優勢を意識し、それを大事にしようと思えば思うほど、その手に乗ることになる。

 将棋の局面で優勢になるとは、人生で言えば、少しばかり金が儲かったという程度のことである。これを定期預金にしてじっと持っているようでは勝ち切ることはできない。その金を何か新しい事業に全額投資して、その事業を成功させなければ、最終的な勝ちにつながらない。 つまり、現在の優勢を維持するだけではなく、それを使って新たな優勢を作り出していく、そういう手を選んでいくということであり、このとき躊躇わず、その道を選んだ。

 昼下がり、中原名人は私の陣に飛車取りの角を打ち込んだ。形勢は私が有利であり、その攻めをかわして、飛車を逃げるのが当然の指し手と思われた。 局後、聞いたところによると、控え室の検討陣も、そう指せば有利は動かないのだから、安全勝ちの道を選ぶのが最善手と、結論を出していたという。 たしかにそうなのだが..

 1時間考えて、最も激しい攻めの手を選んだ。攻守の要となっている飛車を見殺しにして、敵陣玉頭に歩を突き出した。 その手から14手で中原名人が投了した。NHKの衛星放送で解説をしていた羽生竜王は、第4局についてこう述べた。 「本局は米長先生の積極的な指し手が目立ちました。優勢になってからは、まったく安全策というものがありません」 さすがに羽生竜王で、見るべきところをしっかり見ていた

みんなすごいです..
ISBN:439631115X